山口鉄也


ここ10年のジャイアンツを支えた偉大な中継ぎ投手。


「彼なくしては優勝はなかっただろう」


そう言われたシーズンが何度あったことか。


そんな山口投手のファンになったのは、2008年のこと。


日付はそう。10月8日である。



・山口が大活躍した2008年シーズン


山口が頭角を現したのは2008年だ。


この年は序盤から、主力の故障・不調が相次いだ。


野手陣では、前年4番を打っていたイ・スンヨプ極度の不振。


高橋由伸も前年のような成績を残せず、前年セ・リーグMVPの小笠原道大も2割台前半から、中盤の打撃成績だった。


投手陣を見てみると、先発に復帰した上原浩治の不調が痛かった。


そして、開幕投手の高橋尚成の不振。


リリーフでは、林の不在が響いた。


そんな状態の中、徐々に起用されるようになっていったのが、そう。山口鉄也である。


この年は越智大祐と共に、風神・雷神コンビとして、大活躍。


シーズン中盤から、後半戦にかけてはかなり重要な場面での登板が多くなってきた。


そして、訪れた10月8日


このシーズンでの集大成とも言える場面で、山口の出番が回ってきた。



・阪神との決戦となった日。まさかの2アウト満塁代打桧山で登板


2008年10月8日は阪神タイガースとの決戦の舞台になった。


巨人141試合目。阪神142試合目。


当時は144試合制だった。残り試合は10月8日含めて、4と3


ゲーム差は0


13ゲーム差を追いついた巨人とずっと首位に立ってきた阪神の決戦は雰囲気がいつもと違った。


異様な空気


そんな中、試合は行われた


試合は巨人が2点を先制。


そのまま試合は6回まで進んだ。


ここまで巨人が試合を優勢に進めてきていたが、試合の流れが阪神に傾く。


先発内海がヒットとフォアボール2つで、2アウト満塁のピンチを招き、バッターは矢野。


試合の流れが変わる大きな局面だ。


ヒットが出れば、2点を失い同点。


巨人としては、なんとしても抑えたい場面。


ここで失点すれば、流れが変わる。


なんとしても、0で抑えなければならない。


そんな思いで、内海は矢野に投じた。


巨人ファンも願った。


次の瞬間、矢野はガッツポーズをしていた。


内海が押し出しのフォアボールを与えてしまったのだ。


2-1

一点差に迫られ、阪神ファンのボルテージが最高潮に達する。


ここで岡田監督が勝負に出た


「代打桧山」


そして、その後、運命のコールが告げられたのだ



・「ピッチャー内海に代わりまして、山口」


山口が出てきた。


巨人ファンの歓声が!!


と言いたいところだが、完全に阪神に飲まれていた。


押し出しで1点差に迫った後、代打桧山である。


ボルテージは最高潮だった。


そこに出ていく山口。


実は山口、この試合の前に密着取材を受けていた。


そして、聞かれた質問があった


「今日の試合に投げたいですか?」


山口の答えは


「投げたくない」


であった。


それほどプレッシャーがかかった大一番だった。


「投げたくない」と考えても無理はなかった。


しかし、山口の願いはむなしく


2アウトランナー満塁。1点差という場面で、登板することになった。


チームの優勝がかかった大きな場面


阪神ファンの多いな歓声と、巨人ファンの祈るような気持ちが交差する中、山口は思い切って桧山に投げ込んでいた。


私は感動した。


この場面で、ストライクを取っていく山口


これが彼の成長した姿だった。


この場面で、ストライクが取れず、カウントを悪くするピッチャーを何度となく見てきた。


しかし、山口はストライクを取っていった。


臆せず取っていった。


そして、桧山のバットを折り


セカンドゴロに打ち取った。


ドームは大歓声に包まれた



・この日以来、山口鉄也のファンになった


この日以来、山口のファンになった。


それまでは、「誰のファン?」と聞かれれば、確実に上原と答えていた。


しかし、この日の山口のピッチング。


いや、山口の魂のピッチングを見せられてからは、山口を応援するようになった。


優勝が懸かった場面の2アウト満塁。


この場面で、ストライクを取っていくピッチング。


絶対に忘れることはない。


そんな山口も今季は不調にあえぎ


野球人生の岐路に立っている。


しかし、この日のピッチングがある限り


私は山口を応援し続けるだろう。